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オーロラ

この記事を書いた人:山本風音

上着を着込んで部屋を飛び出した。早る気持ちを抑え、暗闇を探して歩く。ロヴァニエミは小さい町だが、街灯や民家の明かりがあちこちに灯り、淡いオレンジの光が深い闇に反射している。町の外れは森に囲まれ、歩き回ってみても空を見渡せる場所がなかなか見つからない。それでも大丈夫、気温はぐっと冷え込み、空気が澄んで頭上には星がきらめいている。その夜はオーロラが出そうだった。

急ぎ足で季節が深まっていく初冬の北極圏は、日に日に短くなる昼間の時間に加えて、晴れ間が少なく空が何週間も分厚い雲に覆われる。雪が積もるといよいよ辺りの色彩は薄らいでいき、黒、白、グレーと、そのコントラストだけがぼんやりと時間の流れを教えてくれる。12月にもなれば日照時間は2時間前後で、一日が24時間だということさえも疑わしく思え、3週間ぶりに見た太陽の明かりは特段と大きく眩しく映った。そんな日々にあって、夜の闇を照らすオーロラもまた特別なものだ。

曲がり角をまがり、北の空を見上げると、橋の上に緑色の弱い光が揺らめいてた。うっすらと今にも消えそうだったが、間違いない、オーロラだ。はっと息を飲み、よく見ようと目をこらす。しばらくすると次第に光は強くなり、緑のカーテンが北の空一面に広がった。その不思議な光景をじっと見つめながら、なんとも言えない感覚が込み上げてくる。

その後も2ヶ月間の滞在で3回ほどオーロラに遭遇したが、初めて見たときの瞬間は今でも心に残っている。その神秘的な光は特別なものであり、それでいて当たり前の風景のようにも見えた。ここでは何千年も前から、同じ夜空をこの不思議な光が照らしてきたのだ。その長い時間の流れの中で、人々はどんな思いで空を見上げてきたのだろう。

この場所では、人々の日々の時間と重なるように、異なる時間が流れている。それを感じさせてくれるのが、厳しくも美しい自然であり、暗闇が続く極夜であり、オーロラだった。目の前の光景に心を奪われているというよりは、異なる時間が当たり前のように同居する極北の土地に今いることに、僕は感動していた。

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写真:ロヴァニエミの空に浮かぶオーロラ。強い光を放っていたのはほんの15分ほどで、どこからともなく現れ、自在に姿を変え、そしてあっという間に消えていった。