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Tree People

この記事を書いた人:山本風音

道路脇の立て看板を頼りに、針葉樹の深い木々の間を奥へと進むと、突然森が開けて、大きな岩がごろごろと転がる不思議な場所に行き着いた。岩の上には小さな鐘が置かれ、木製の簡素な造りの十字架と説教台を、石の上に板を置いただけのベンチが取り囲んでいる。「Somosen Kirkko」と呼ばれるこの場所は、どうやら小さな教会のようだった。

ヨーロッパの東西の狭間に位置するフィンランドは、そのどちらからの侵攻も絶えず受けながら、人々はこの地に根ざしてそれぞれが独立して暮らしてきた。今のフィンランドという国家の歴史はほんの百年にも満たず、それ以前はその土地土地が小さな世界の中心であって、人々の精神と信仰の拠り所は、身近な森であり、木々の一本一本であり、自然そのものだった。その土着の信仰が次第にキリスト教に取って代わり、森林開発や近代化という流れの渦中にあっても、森と人々との関係はゆるやかに途切れることなく現在にまで続いている。そのことを、隠れるようにひっそりと佇むこの小さな教会が物語っている気がした。

「かつて人びとの信仰を集めた樹木が、まだここ、私たちの森の中に生きています。
古代には、「寺院」とされていた場所です。
神殿は、大理石でもない、黄金でもない、ただ、裸の空の下でふるえる木々。
そこでは、自然の神秘のささやきをいまも感じることができるのです。
森は、はかりしれないほど豊かで多彩な物語に満ちています。」

フィンランド出身のふたりの女性写真家による、森の精霊と人々との関わりを追った旅の記録、「Puiden kansa(Tree People)」の一節(*)。フィンランドの人々は、森の木立の中に精霊の気配を感じ、自己の守護霊を身近な木に宿し、家族や自分自身との関係を樹木との関係の中に見出す「木の民」だ——。たとえ長い時間の中で、森や樹木との深い関わりや伝統が失われていったとしても、僕が訪れたラップランドでは、今でも身近な存在として森があり、人たちは日々森に出かけ、森に寄り添って暮らしていた。西ヨーロッパの荘厳な教会とはまた違う、静けさが持つその独特な力強さに僕はなんだか少し怖くなって、足早にこの小さな森の教会を後にした。


*「フィンランド・森の精霊と旅をする」リトヴァ・コヴァライネン/サンニ・セッポ:著、柴田昌平:訳、上山美保子:監修、プロダクション・エイシア:刊